基本的な姿勢としての性善説

「人を信じ」「人を疑う」共に必要な事ですが、この順番を変えてはいけません。
人を信じることでコミュニケーションは成り立ちます。
始めに人を疑って掛かったら、まともなコミュニケーションは成り立ちません。

そして相手を信じることで、相手の真意を読み取ることができます。
「人を疑う」のは、相手の真意を読み取ってから行なうべきです。


真の馬鹿は天然記念物

世の中、本当の馬鹿はそうそう居ません。
何らかの目的や七罪等に縛られた結果が、馬鹿な言動や行動を招くのです。
相手を馬鹿にしてしまうと本意を知ることが出来なくなります。
本意を見切った上で、相手を馬鹿だとし、切り捨てましょう。

目的や罪の指摘は必要なことですが、大抵は揉め事となります。
揉めない事も、貴方の為に重要な選択です。

勿論、悪意の有る目的や罪であれば指摘し、救いの手を差し伸べる選択も有りますが、中々上手く行かないのが現状だと思います。

揉めずに相手から離れることも、隣人愛の一手段です。


戻る